停車場日記

× あけましておめでとうございます。

2017-01-02 20:17

いやあ、お寒いですねえ。
例年のこの時期の銀鉄は冬眠に入るのですが、
(なにしろすきま風の吹き込む稽古場は寒いのなんのって)、
今年はちょっと様子が違うようです。

稽古場は熱気に満ちあふれ(でも寒いんです)、
元気な声が飛び交っているのです。

というのも、
本年3月に岡山公演が控えているからです。
演目は一昨年に上演した「銀版 熱海殺人事件」。





そのとき、公演をご覧いただいた、
NPO法人アートファームの代表者の方が、
いたく気に入られ、
「ぜひとも岡山でも」とお誘いを受けたのです。
その企画がようやく実現の運びとなったというワケ。

とはいえ、そこは銀鉄。
同じ作品をそのまま上演するのでは芸がない。
台本を書き換え、キャストを変更し、
「岡山バージョン」としてさらにグレードアップしたいともくろんでいるのです。

そのために寒風吹きすさぶ稽古場で、
今日も稽古にはげんでいるのです。
いやあ、われながら「ようやるわ」なのであります。

岡山・香川は電車に乗ればわずか1時間。
前作をご覧になった方も、未見の方もぜひとも足をお運びいただきたい。
会場は岡山からわずか徒歩10分の場所です。
お帰りの際は「桃太郎まんじゅう」もご購入いただけます。
どうぞご観覧のほど、よろしくお願い申し上げます。

むろん秋には新作の本公演もあります。
企画は徐々に固まりつつあります。
こちらもどうぞよろしくと、
宣伝混じりに新年のご挨拶といたしたいと思います。

あらためて、
2017年 あけましておめでとうございます。


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× 「銀版・熱海殺人事件」宣言

2015-06-15 03:35


その日、わたしは映画を観ていた。
                   *
だがアタマの隅には、
「うーん、秋公演、なにやるかなあ?」という設問が絶えずのしかかっていた。
いくつかアイデアはあった。
だがどれも決定打ではなかった。
早い話「これだ!」という決め手に欠けるのだ。
                   *
映画の途中「あっ」というひらめきがあった。
あとはもう映画の内容などどうでもよくなった。
その作品の実現性と演出プランがアタマのなかを駆け巡る。
「うん、いける、いける」と興奮して、映画半ばにして退館した。
(後日、また観にいったのだが)。
                    *
そのひらめきとは、
つかこうへいの「熱海殺人事件」をミュージカル化しようという企てだった。
つかさんの「熱海……」にはさまざまなバージョンがあるがミュージカル版はない。
それをわたしらで実現したい、熱烈にそう思った。


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早速、ウチに帰って、
上演権がどうなっているかとネットで検索してみた。
ところがなんと、商業演劇以外は上演料ご無用とのこと。
あらためて思った。
すごい人だなあ、つかさんって。
後進のために自分の著作権を放棄しているのだ。
作家としての覚悟が違う。
もっともわたしたちにとっては好条件でもある。
それもこれもふくめてつかこうへいたる風雲児のかっこよさにシビれた。
                        *
だがそれだけに今回の公演はぜったい失敗ができないぞと、
固く肝に命じた。
つかこうへいの名を汚してはならない、
それがいまのわたしの心境である。
                         *
わたしはつかさんの「熱海……」をごく若いころに観ている。
紀伊國屋ホールだった。
もはや遠い記憶だからしかとはいえないが、
主役の伝兵衛が三浦洋一だったか風間杜夫だったか。
熊田刑事が平田満、大山金太郎に加藤健一だったか。なあ。
                         *
とにかくすごい衝撃を受けたことは確かだ。
わたしは寺山修司に師事してい、
唐十郎さんや鈴木忠士さんたちと同じく演劇革命の第一世代に属していた。
だがそのつばぜり合いを切り裂いて、若武者のように切り込んできたのがつかさんだった。
のちに第二世代などという言い方がされるが、つかさんは独特だった。
差別と屈服のなかからいかに人が人たるを実現するか。
古いテーマのようであって、じつに永遠のテーマである。
つかさんはそこに人間の根源を見た。
                         *
わたしたちはつかこうへいさんの意思を継ぎつつ、
新しい表現を模索しようと考えている。
すでに台本の三分の一はリライトした。
                         *
わたしはいま幸福感に包まれている。
だが前途は厳しい。実感としてそう思う。
演技力、歌唱力、なにもかもが未熟だ。
だが奇妙に楽観的であるとともに、愉悦の船出だとも思っている。
                         *
残された半年、
わたしは悔しさと苦しみのなかでのたうつだろう。
だがそれに倍して楽しみも味わうだろう。
                          *
今回の作品をつかこうへいさんへのリスペクトとする。
ボンボヤージ。
よき船出とならんことを。(ウエ





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× 山崎ハコという「特別」

2015-06-05 02:25

山崎ハコのLIVEに行ってきた。
なんとステキな一夜だったことだろう。


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人それぞれにたぶん特別な歌い手というのが存在する。
わたしにとっては三上寛とともにハコさんがそれだ。
むろん好きな歌手はいっぱいいる。
ミック・ジャガーもボブ・ディランも中島みゆきも、もっとたくさん。
だが「特別な」はせいぜい一人か二人、そのくらい。
                            *
三上寛との出会いは青春まっただ中のことだったが、
山崎ハコとはわたしの青春が終わりかけようとしているときだった。
                            *
あることがあってわたしは精神的にかなり参っていた。
いや、いまさら口ごもっても仕方がない。
失恋したのだ。
わたしはオンナと同棲していた部屋を出た。
なにもかもがうっとうしかったし、早く忘れたかったからだ。
だがそのときの失恋はそんな生やさしいものではなかった。
(またいずれ書くこともあるだろうがいま詳細は、よす)  
                            *
わたしは若い友人のアパートに転がり込んだ。
夏の暑い盛りだった。
となりは印刷工場だった。
わたしは昼日中から小汚いベッドに胎児のようにからだを丸めて横になり、
FMのロックを聴きながら、汗だくになって眠った。
ロックと単調な印刷工場のマシンの音。
青春の終わりでわたしはのたうちまわっていた。
                            *
そんなときだった。
わたしは偶然、ラジオから流れてきた山崎ハコの「望郷」を聴いた。
ふるさとを捨て横浜に流れたオンナの喪失感を唄った歌だった。 
泣いた。
わたしは東京を捨てる決心をした。
                            *
わたしは8カウントを聞いたボクサーのようにのっそり立ち上がり、
人生の落とし穴から這い出ようともがいた。
山崎ハコはそのための応援歌だった。
                            *
ハコさん自身がいうように彼女の作品には暗い歌が多い。
LIVEでは「そういうのが好きなの」といっていた。
だがわたし自身の経験からすれば、
しみ真実の絶望から救ってくれる歌は暗い歌だ。
決して「三百六十五歩のマーチ」なんかじゃない。
                            *
その後もわたしは山崎ハコの歌に何度救われたことか。
決して上手い歌手じゃない。
詞も中島みゆきあたりに比べれば(きらめきはあるが)スゴイとはいえない。
だが歌が人生に寄り添うのはそういうこととは関係ない。
自分自身の切実さをきつく抱いてくれる歌であり、歌い手。
だから特別なのだ。
                            *
ハコさんのLIVEは何度も聴いた。
下北でも、横浜でも、そして今夜も。
                            *
ハコさんはちっちゃな子だよ。
目がクリッとしててさ。
まるで童女のようなんだ。
だがわたしにとっては母親のような存在でもあるんだ。
                            *
だれもが「特別な歌い手」を持っている。
もしいまはいなくてもいつかはきっと見つかる。
その歌手は人生の導き手でもあり、ユラリ揺りかごでもあるんだ。
                            *
わたしがミュージカルなんて異形の芝居をやっているのは、
もしかしたらそんな「歌」を求めているからかもしれない。(ウ  
                       




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× ギャンブラーとしての寺山さん

2015-05-27 05:48

以前にも書いたかもしれないが、
このブログ(といっていいかどうかしらんが)は別に公的なものではない。
読者を想定しても書いているわけでもないし、
だれかになにかを伝えようというものでもない。
ただまあ漫然と由無し事をつらつら書いてヒマをつぶしているようなものだ。
その意味ではきわめてプライベートなものだし、
いってみれば個人的なメモのようなものだ。
                          *
ところが前回、前々回と寺山さんのことを書いたら、
思いがけずメールをいただいたりして少々恐縮している。
といってもわずか2通だが、
一通には「寺山修司ってすごい人だったんですね」とあり、
また二通目には「興味を引かれました」とあった。
だったら寺山さんの本を読んでくれたまえ、と答えたいところだが、
それではあまりにも味気ないので別のエピソードを少し書いてみよう。
                           *
寺山さんはギャンブルが好きだった。
ことに競馬とカードゲームが好きだった。
                           *
渋谷の天井桟敷館から4、5軒おいて競馬の場外馬券売り場があった。
劇団員はそこによく使いにいかされた。
「これこれの馬券を買ってこい」というわけだ。
わたしも人後に落ちないギャンブル好きで、
そのころの生活費は麻雀で稼いでいた。
それを知ってか知らずか馬券買いを命じたのちに、
「おまえ、もしノみたいならノんでもいいぞ」とつけ加えるのだった。
                           *
「ノむ」というのは競馬用語で、
予想した馬券を買わずに自分で引き受けるという行為のことである。
うーむ、解りづらいか。
要するにこの場合でいうと、
寺山さんの指定した馬券を買わずに、
その金をわたしがポケットにしまうとしよう。
むろん、外れればその金はわたしのものになる。
ただし的中すればその配当をわたしが払うことになる。
                            *
1万円の馬券を買ってはずれればその1万円はわたしのもの。
ただし倍率10倍で当たればわたしは寺山さんに10万円払わなくてはならない。
とまあ、そういう仕組みだ。
                            *
わたしは「これは来そうだな」という馬券にはちゃんと注文通りに買いを入れた。
だが「来ないな」というときにはよくノましてもらった。
これはじつにスリリングであった。
少々の配当金だったらわたしにも払えるが、
大穴がきて何十万円という配当になったらとうてい払えない。
というか、荷物をまとめてさっさと夜逃げをしなくてはならない。
                             *
さいわいそうしたこともなく、
寺山さんにはそこそこ稼がせてもらったが、
寺山さんはこういうところでちゃんと人を瀬踏みしているようだった。
マジメに言いつけ通り馬券を買ってくる堅実型か、
アブないこともやる「ノみ」タイプか。
どっちがどうというワケではない。
要は人間を観察することが好きだったのだ。
そして観察に値するほど人間が好きだったのだ。
                              *
ギャンブルといえば旅先のホテルで寺山さんとタメでポーカーをしたことがある。


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わたしはそのころ内弁慶で、
麻雀はもちろんポーカーでは負け知らずだった。
もちろん寺山さんごときシロートには負ける気はしなかった。
最初のうちは一進一退だった。
最終局面でわたしに絶好の手がきた。
Aハイのストレートだった。
わたしはその場にある金をぜんぶ賭けた(オールイン)。
寺山さんはフラッシュだった。
わたしの負けだ。
                            *
わたしは全財産をスッてしまった。
寺山さんはニヤッと笑って、また手札を配りはじめた。
「オープンしてみ」といった。
わたしにはフラッシュが入っていた。
寺山さんが手札をさらすとそれはフルハウスだった。
唖然としているわたしに寺山さんはいった。
「ま、そういうことだ」
してやられた。
イカサマじゃねえか。
                             *
もちろん、かといってわたしの金を返してくれたワケじゃない。
呆然としているわたしを残し、
寺山さんは自分のルームに消えていった。
あくまでクールに。
「おまえはまだガキだ」といわんばかりに。
わたしは金を巻き上げられたという事実以上に、
「かっこいい!」と心底うなった。
                              *
寺山修司語録、
「賭けない男たち、というのは魅力のない男たちである。
彼らはつねに「選ぶ」ことを恐れる。
そして賭けないことを美徳と考えて、
他人並に生きることを幸福と考えている」
                              *
同感だ。
「賭ける」という人生の醍醐味を知らないやつになん魅力があるものか。(ウエ


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× 寺山さんとの出会い

2015-05-04 03:05

5月4日は寺山さんの忌日である。
深夜。いましも、か細い雨が音もなく降っている。
寺山さんには雨がよく似合う。
いつも濃紺のレインコートを羽織っていたもんな。
キザな人だった。
でも、とってもかっこいい人だったんだよ。
会ったとたん他者を魅了せずにはおかないチャーミングな人だった。
そして、わたしがその長い人生のなかで、
たったひとり「尊敬」という言葉に値すると感じさせてくれた人、
それがあなたです、寺山修司さん。


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寺山修司。
1935年、青森県弘前市生まれ。
1983年。没。享年47歳。
詩人、歌人、俳人、脚本家、演出家、小説家、作詞家、
エッセイスト、コラムニスト、評論家、映画監督、写真家etc……。
あまりの肩書きの多さに、
「職業は?」と問われると「寺山修司」と答えていたとか。
                           *
わたしと寺山さんを結びつけたのは一冊の新書本だった。
タイトルは「競馬場で逢おう」。
わたしはその本を、当時田町にあった「ブック・センター」という古本屋で買った。
たしか50円だったかと思う。
人生なんてホント不確かなもんだ。
たった50円でコロリとその先のすべてが変わってしまうんだ。
                            *
そのころのわたしときたら、高校は出たものの何をしていいかわからず、
京阪神の友人宅を泊まり歩いたり、
欧州を無銭旅行をしたりして、
展望の見えない暗闇のなかでもがき苦しんでいた。
そんなおり手にしたのが50円の古本だった。
競馬場で逢おう。
わたしはこの著者に逢えば「なにかが変わる」と直感した。
とりあえず「寺山修司」という作家の本をすべて読もうと、
(いまはなき)宮武書店に「ありったけ」と注文した。
ぜんぶで12、3冊あっただろうか。
詩集や短歌集が主だったが一週間でぜーんぶ読破し、
勇躍、わたしはリュックサックにそれらの本を詰め込んで、宇高連絡船に乗り込んだ。
                          *
当時渋谷にあった「演劇実験室・天井桟敷」のオフィスを訪ねた。
「寺山さんにお会いしたいんですが……」というわたしは、
もうすでに2時間近くも傍らの小汚いソファに坐らされていた。
やがて美人秘書・田中未知さんを伴って寺山さんが現れた。
一見「でけえ!」というのが第一印象だった。
(ほんとはオレと寺山さんの背丈はタメなんだけど、
寺山さんはカカト10センチの甲高サンダルを履いていたのだ。ずるい)。
わたしはすっかり舞い上がってしまい「あの、オレ、ボク……」とかいってるうちに、
「うん、今度入団試験があるから、受けてよ。いっしょに芝居つくろうね」と、
肩をポンと叩いてまたどこかに去って行った。
                           *
「颯爽」という言葉が似つかわしい振る舞いだった。
とにかく、あんなカッコイイ大人にははじめて出会った。
さらにいえば、わたしは文学のハナシでもしようと思っていたのに、
なぜか劇団の試験を受けさせられることになった。
劇団? 芝居? なにそれ?
                           *
てな、てんやわんやのなかで
慌ただしくもワケもわからず芝居の世界の巻き込まれていった。
日々、新鮮だった。
世の中に「こんな面白い世界があるのか」と目を見張った。
それがわたしの芝居屋人生の事始めだ。
                            *
もしかしたら、と思う。
あのまんまウツ状態の青春がつづいていたら、
けっきょくクソおもしろくもない「地方での地味な生活」に落ち着くのが関の山だし、
もしかしたらアル中にでもなっていたかもしんない。
それらの鬱屈を取り払い、
見晴らしのいい「演劇」というシーンに誘ってくれたのが寺山さんだ。
それだけでも大恩人だといえる。
                            *
冒頭にも書いたように、今日は寺山さんの忌日だ。
ふと、思い出しちまったよ、いろんなこと。
そんなあれこれをそのうち書くこともあるだろう。
いまの時点でいえることは「50円をバカにするなかれ」だな。
たった50円が人生を根底からくつがえすこともあるのだ。
ふふ、ご用心ご用心。
                             *
 ・混沌は人に宿らむ寺山忌


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