停車場日記

× ゴジラ上陸!

2014-05-25 04:09

米国版の「ゴジラ」の新作が完成したという。
撮影進行中というニュースは聞いていた。
だが、まーーったく期待していなかった。
                  *
なにしろ1998年版の、
ローランド・エメリッヒ監督の「GODZILLA」があまりにもヒドかったからだ。
ただゴジラ・ブランドを使っただけ。
ゴジラの持つ体型から基本スキルまでなにもかも違った。
だいたい体長20メートル、4足歩行ってなんだ?
そんなゴジラがどこにある。
エメリッヒはのちにこううそぶいたそうだ。
「ファンが見たら不愉快になるだろう」。
なったよ、不愉快に!
要するに「愛」がないんだよ、ゴジラに対する。
金儲けのネタにしただけだったんだ、あの「GODZILLA」は。
                    *
というワケで今回もどうせそのクチだろうと、「好きにしろ」と思っていたのだが、
どうやら海外からの漏れ聞く情報では、
けっこうオリジナル版に近いんだとか。





ここで少し、オリジナルの原「ゴジラ」について簡単に触れておこう。
原「ゴジラ」が公開されたのは1954年。
ヒロシマ・ナガサキの原爆の記憶も生々しかったころだ。
あたかも米ソが軍拡競争に走り、
各地で原爆、水爆の実験が相次いで行われていたころ。
マーシャル群島のビキニ環礁では
日本の漁船・第五福竜丸がアメリカの水爆実験に巻き込まれて被災していた。
                      *
そんなとき、
原爆の放射能により覚醒したのが超古代生物・ゴジラだったのだ。
ゴジラはありとあらゆるものを破壊していく。
人間の築き上げたもの、「文明」を次々と。
ゴジラの英訳、GODZILLA。
その最初の三文字の「GOD」はダテではないのだ。
GOD、すなわち神なのだ。
荒ぶる神、怒れる神、人間を否定し、文明を破壊する神だったのだ。
神に容赦はない。
善人だろうが悪人だろうが、ことごとく破壊しつく。
                     *
わたしはこの1954年版の原「ゴジラ」をリアルタイムで見ている。
むろん、ほんの幼児だった。
だが、そのあと数週間だったか、数ヶ月だったか、(そのへんはさだかではないが)、
何度も悪夢にうなされた。
町内の向こう側からゴジラがあらわれ、
ドン、ドンという地鳴りのような足音を立て、わたしを襲いにくるのだ。
それはわたしの映画体験初のトラウマになった。
だがトラウマになるほどの強烈なイメージがなかったら、
わたしはあれほどゴジラを愛さなかっただろう。
                      *
すでにおわかりかと思うが、
ゴジラの出現は、人間のおごりへのアンチテーゼとして発動されたのだ。
神なき時代に「神」としてあらわれたのがゴジラだったのだ。
文明を操る「人」を罰するために、
「自然を恐れよ」と怒号したのが、あの有名なゴジラの「鳴き声」だったのだ。
                       *
わたしたちはいま急速な文明の発展期のさなかにいる。
さいわい核戦争がいまだ実施されていないが、
さまざまな武器は高度に発達し、
ネットワークのなかで膨大な金銭が行き交い、
政治におけるパワーゲームは果てることなくつづいている。
                        *
もしかしたら、ゴジラが出現し、
なにもかにも無に帰して、いちから世界をつくりあげることもナシとはいえない。
そして「ゴジラ」とはそういうファンタジーかもしれないと思うのだ。
                        *
今夏には2014年版「ゴジラ」が公開となる。
出来不出来は実際に見てみないとわからない。
その点ではヒヤヒヤしながらも早くみたいと思ってる。
                        *
あと、自慢じゃないがゴジラ27作ぜんぶ見てます。
追っかけ? まあ、そうですね、追っかけですね。
でもね、ひとつことを追っかけることによって見えてくる時代相ってのもあるんです。
うちの親戚のチビ(今年小6)は、
アニメのプリキュア・シリーズをここ10年ぜんぶ見てるんですって。
のちに、そのことがなにかの「発見」につながらないかと、
まあ、そんなことも思うんですけど、どうなんだろ。(ウ



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