停車場日記

× 古典としての「漂流教室」

2014-09-07 21:52

蔵書半減計画はいちおう3分の2程度まですすんだ。
だが問題はここからだ。
だって本がささやくんだもん。捨てないで、残しておいて、ってさ。
だがわたしはあくまで非情だ。でも弱いんだ。
別れたいオンナにずるずるつきあっている、優柔不断なオトコの心境。
だもんでいまだに本棚からあふれ出した本が平積みでいくつも山をつくっている。
そこに手をつけなければならないのだが、ひとまずそこは今後の課題としておいておこう。
                *
現在取りかかっているのはコミック本の処理だ。
これがまた辛い。
本来読み捨てであるはずのコミックのなかであえて残しているのは、
これだけはと取っておいた名作ばかりなのだ。
                *
たとえば梶原一騎原作のコミックはコンプリートでコレクションしている。
「あしたのジョー」や「巨人の星」といったメジャーなものばかりではない、
「ボディガード牙シリーズ」や「人間凶器」といった
ほとんど書き飛ばしたような作品もあの手この手で集めて本棚におさまっている。
だってマニアだもん。
梶原先生にはオトコ惚れに惚れてるんだもん。
                 *
まあ、そんなこんなで泣く泣くコミックを捨てようと思ってるのだが、
できれば嫁入り先を探したい。
だってどの作品も大事な大事な箱入り娘だ。
できればゴミに出すより「愛してくださる方」に嫁がせたい。
ただまあその前にちょこっと読み返したい。
んで読んでみると、うぉーハンパないわ。
最近のへなちょこブンガクなどぶっばすような、すげえわコレ、って作品がいっぱいある。
                  *
たとえば楳図かずおの「漂流教室」。


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第1巻の奥付を見ると昭和49年となっている。
西暦でいえば1974年。(たぶん雑誌連載はその前年だろう)。
わたしはとっくに大人になっていたはずなのに、
なぜこの「漂流教室」に夢中になっていたのだろう。
いまとなってはよくわからないが、
たぶんそのもっとも大きな要因は「不安」であっただろう。
              *
1970年代初期の時代相を一言でいえば「不安」だった。
学生運動があいまいな終焉を迎え、
将来の展望は見えず、末期的症状としての連合赤軍事件が発覚したのもそのころだ。
デラシネ(根無し草)なんて言葉も流行ったなあ。
個人も社会もどこに行くのかわからない不安。
「あしたのジョー」も死んじまったしなあ。あしたが見えない。
そこに登場したのがまさにこの「漂流教室」であったのだ。
              *     
楳図かずおは人も知るホラーマンガの大巨匠だ。
彼がSF、サバイバルものに挑戦したのがこの「漂流教室」だ。
ホラーの2大要素が「サスペンス(不安)」と「ショック」であることはいうまでもない。
そこに時代が共振したのだ。
大ヒットしたマンガ(のみならずすべての表現)には時代との共犯関係があるのだ。
              *
さて「漂流教室」だが、
のっけからすごいよ、ドーンとものすごい音がして、ってネタバレはよそう。
とにかく全編、奇想に次ぐ奇想。
「おー、こうくるか」の連続なのだ。
むろん少年誌連載のマンガだ。
不整合な部分もあればご都合主義もある。
「これアリなの?」ととまどう箇所もあるにはある。
だがそれを吹き飛ばすエネルギーがすごいのだ。
登場人物全員がヒステリー、なかでもかあさんの、おっとまたネタバレ。
              *
これくらいはいってもいいだろうというところでいうと、
子どもがバンバン死んでいくのだ。(少年でもなく、青年でもなく、子どもがだ)。
たぶんこの作品の数年前だったと思うが、
永井豪の「ハレンチ学園」のたわいのないエッチシーンがPTAのやり玉にあがって、
非難囂々、物議をかもしたことがある。
だが「漂流教室」の過激なバイオレンスが問題になったというのは耳にしなかった。
あまりに奇想天外でPTAも文句をつける余裕がなかったのかもね。
              *
最近、マンガやアニメの暴力シーンやエロを規制しようという
(とんでもない)政治的な動きがあるという。政治家なんてクソみたいなやつらばっか。
              *
わたしはこれまで、
たとえば「進撃の巨人」に顕著なような生き死にのエンターテイメント化は、
高見広春の「バトルロワイヤル」が源流となってると思ってたが、
そのはるか前に「漂流教室」があったのだ。
その意味ではこの作品は古典中の古典かも知れない。
              *
いやあ、いくら書いても書き足りないわ。
あと箇条書きにて、
・楳図先生のコマ割りのギクシャク感。
・デッサンの微妙な狂い。
・軟体動物のようなメカ(これはのちに「わたしは真悟」で完璧に達する)。
・そしてそれらのかもし出す微妙な非現実感(の快感)。
まだまだあるが、そろそろフィニッシュに向かおう。
              *
「漂流教室」はのちに映画化された。
監督は大林宣彦。
ひどい出来だった。ブーブー!
楳図先生は(褒め言葉ですよ)ほんもののキチガイだからね。
大林ごときの常識人じゃ太刀打ちできないのだよ。
              *
以前、わたしは「みき少年少女ミュージカル」という劇団の総監督をまかされたことがある。
そこで「漂流教室」の劇化を提案した。
「ええ、おまかせします」といっていた館長が、翌る日、
「すみません、あれだけはカンベンしてください」といってきた。
読んだのか。
楳図先生ともお会いしたかったし、
ラストシーンの音楽(虹の彼方に)まで決めてあったのに。
残念だった。
              *
この本の嫁入り先はすでに決まっている。
ボロボロだがどうぞかわいがってやってほしい。(ウエ


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コメント

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2014-09-07 22:38

ドラマ化もされましたがあれもまた酷かった…!(全話みましたけどね)

楳図かずおは好きではありませんが「漂流教室」は私も愛蔵しています。あの時代の漫画はファンタジーがふまじめで面白すぎます。


ところで、
今の探しものは「デビルマン」です。「AKIRA」もよろこんで引き受けます。
好き嫌いは多いですが少女漫画もいける口です。

いつでもお輿入れを(笑)!
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