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停車場日記

× 後藤さんの死に思う

2015-02-02 01:02

湯川さんにつづいてとうとう後藤健二さんも殺されてしまった。
その報に接したとき、
わたしは思わず「くそ!」とつぶやいた。
なんという残忍で冷酷なくそ野郎どもだ。
こういうやつらをのさばらせてはいけない。
この世に生きている価値のない鬼畜どもめ。


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ISISといいISILともいう、いわゆる「イスラム国」だ。
こやつらは人命を取引の材料としか思っていない。
いのちに対する尊厳もなければ慈しみもない。
わたしたちはこういう狂気と同時代を生きていかなければならないのか。
21世紀とはかくもむごたらしい時代なのか。
                     *
かつてカミュは「正義の人びと」という戯曲を書いた。
帝政ロシアの圧政に抵抗するために、
爆弾闘争を敢行するテロリストたちの物語だ。
                      *
皇族であるセルゲイ大公の馬車を爆破する役目を背負ったカリャーエフは、
いざ爆弾を投げようとした刹那、
馬車に同乗している大公妃とふたりの子ども(甥と姪)を目にしてしまう。
カリャーエフは爆弾を投げることができず、
アジトに引き返す。
仲間たちはカリャーエフのとった行動に総括をせまる。
                      *
「そんな子どものことなどどうでもいいと俺たちが決心したとき、
その日こそ、俺たちは世界を支配し、革命が勝利を得るんだ」
「いいえ、その日こそ、革命が人類全体の憎しみの的になるときよ」
「名誉なんてものは、馬車を持っているような連中にしかない贅沢品だ」
「違う! 名誉は貧しい人間の持つ最後の富なんだ」
                      *
こういう時期にこんなことを書くのはもしかしたら不謹慎なことかもしれない。
だが書こう。
無慈悲な圧政や弾圧、あるいは帝国主義に対するテロにはわたしは共感する、と。
かつてわたし自身、テロというテーマで芝居を上演したことがある。
棄てられた人びとの最後の異議申し立てとしてのテロ。
たとえばロシアでのチェチェンや中国の新疆ウイグルなどで発生しているテロだ。
だがそれは思索的、哲学的、あるいは神との問答を通じて決意するものでなくてはならない。
いのちを軽々しく扱ってはならない。
そしてひとりの死にはひとりのいのちであがなわなくてはならない。
                       *
だが今回の後藤さんの処刑をはじめISILのテロはそういったたぐいのものではない。
もっと即物的で計算づくの非人間的なものだ。
さらにいうとISILは弱者じゃない。
ただ恐怖のみを全人類につきつける擬似国家なのだ。
ルールのない戦争を仕掛けているのだ。
ならば立ち向かうしかあるまい。
むろんわたしは無力だが、
いかなる場面でも、どのような立場にいようと彼らを非難する。
そしてそれが全人類の総意となればと思う。
                       *
カリャーエフ「誓って言うが、僕は人を殺すために生まれたのではないのです」
                              カミュ「正義の人びと」より。




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