FC2ブログ

停車場日記

× 寺山さんからの贈り物

2015-05-19 01:06

さてと、今夜はまだ寝るには早いようだ。
寺山さんとのかかわりをもう少し書いてみよう。
                       *
わたしはひょんないきさつから、
思いもよらず「演劇」という世界に足を踏み入れた。
そこは田舎者のわたしにとってめくるめく魅惑の世界だった。
日常から逆転した異界でもあった。
腰まで髪を伸ばしたシーザーがいて、
(当時としてはめずらしく)髪を金髪に染めた彦凪さんがいた。
廊下では新宿新二さんが長台詞を大声で暗記していた。
そのすべてが新鮮であった。
                        *
わたしは文芸演出部というセクションに入れてもらった。
たちまちそこはわたしの学舎となった。
というのもそこで交わされる会話はまったく知らないことばかりだったからだ。
だが生意気盛りのわたしには「それってどういうこと?」と素直に訊けないのだった。
だから(たとえば)「グロトフスキー」という名前が出ると、
ふんふんとわかったような顔をして、
帰り道、東急の紀伊國屋書店に駆け込んで、
グロトフスキーの「実験演劇論」を買い、
それを一晩で読んで「いや、あれはねえ」とか、
そういうふうにして会話に加わるのだった。
                    *
ことは演劇論に限らず、文学から哲学まですべてに及んだ。
かくしてたちまち頭でっかちのニセ演劇青年(わたし)が出来上がるという寸法だ。
ホントはバカなのに、クチだけ一人前。
                      *
そんな日々が2ヶ月ほどつづいて、
文芸演出部に寺山さんからミッションが下された。
「各自、地下演劇場を一週間貸してやるから企画書を出せ」
というものだった。
寺山さんは若い才能が好きだった。
いつもわたしたちの可能性を試そうとしていた。
わたしは「JAZZ VS.」という企画を立ち上げ提案書を出した。
寺山さんはざっと目を通して「うん、面白いね」といってくれた。
「ただし出演者の交渉から予算の設定までおまえがやるんだぞ」
とつけ加えた。
                       *
その企画とはフリージャズと他のメディアとの「対決」というものだった。
たとえば映画を映写しながら、あるいはボクサーのシャドウボクシングを相手に、
即興の演奏をしてもらうという趣旨だった。
トランペッターの沖至さんにお願いしたらこころよく引き受けてくれた。
(いまにして思えばよくあの巨匠にハナシを持って行けたものだと思うが)
このイベントではさまざまな面白い出来事があったが、省略。
                       *
「JAZZ VS.」はまずまずの成功をおさめた。
寺山さんはわたしを呼んで「地下演劇」という雑誌に2ページぶんの評論を書けと命じた。
と同時に「これからおまえの肩書きはジャズ評論家にしろ」とのたまわった。
それを読んでくれた他誌の人たちからわずかではあったが原稿依頼がきたりした。
上京わずか2、3ヶ月にしてわたしは原稿で小銭を稼ぐようになった。
                               *
それからまた数ヶ月して、またしても寺山さんに呼ばれて、
今度はレコードの企画・構成をやってみろということになった。
モノは当時天井桟敷のヒット作であった「書を捨てよ町に出よう」、
そのミュージカル版をレコード化しろというミッションだった。
                        *
レコード会社は当時のCBSソニー、メジャーである。
企画会議の席上、
わたしは「ライブ感を出すためにどこかの大ホールを借りてやりませんか」と提案した。
寺山さんは「おっ、それいいね」と賛成してくれた。
会場は日比谷会館に決まった。
ただし費用の関係から録音のセッティングに一日、
収録は2日でやるという厳しい条件がつけられた。
わたしはほとんど3日間、寝ないで奔走した。
収録当日には新聞やラジオなどのプレスを呼んでいた。

    
syowosuteyo[1]_convert_20150518232844


そのなかで知り合ったのがTBS放送の田中さんだった。
田中さんはその後、わたしの飲み友だちになり、
(といってもいつもおごりは田中さんだったが)、
彼によってわたしは放送作家の道を歩むようになった。
                            *
さてもう時間も遅い。
明日は仕事だ。
そろそろ寝る。
                            *
ただ書きたかったのは寺山さんに出会って、
わずか1年ほどでライターとして放送作家として、
わたしは新たなる道へと踏み出したということだ。
このことはいくら感謝してもしたりない。
むろん、演劇というジャンルを教えてくれた師としても、
寺山さんがいて、いまのわたしがある。(ウエ



人気ブログランキングへ
スポンサーサイト
  1. 銀鉄からのお知らせ
  2. TB(0)
  3. CM(0)
××××××××××××××××××××××××××××××

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

× プロフィール

銀河鉄道

Author:銀河鉄道
FC2ブログへようこそ!

× 検索フォーム

× ブロとも申請フォーム

× QRコード

QR